舞love 龍の池の巻 第2章 「井戸と滝」

 

ホテルグランマリアージュ     龍の池

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ドレーヌの真剣な表情は、とっても頼らしく男らしい。

―いつもの元気なママだったら、きっと、「ヨッ、千両役者!」って掛け声を掛けるとこ。私は、心の中で言っちゃおう。「ヨッ、王子様、」ついでに、もひとつおまけ、「待ってました!」

もともと明るい性格の舞ちゃん。すぐに調子が出て来る。

「舞ちゃん、どうしたの?」

「あのね、あんまり、あなたが素敵だから、嬉しくなっちゃったの。」

「え~っ、本当のことを言われると照れるなぁ。でも、僕もうれしい!もっと、たくさん言って。」

二人でいると、笑い声が絶えない。しかし、ドレーヌが真顔に戻った。

「今は、笑っている場合じゃない。女の子の舞ちゃんを怖がらせるつもりはないけれど、これから、二人でしっかり力を合わせないと、乗り越えられない大変なことがおこっているらしいんだ。だから、僕の話をよ~く聞きなさい。」

「はい。」

お転婆さんの舞ちゃんは、普段、男の子に対して、素直に『はい』なんて、それこそ絶対に言わない。まして、『~しなさい』なんて命令口調で言われたら、返事は、『あっかんべぇ!』に決まっている。従って、この『はい』には、重みがある。彼女は、覚悟を決めて、真面目な顔と心持ちで、ドレーヌの話を聞くことにしたのだ。

「僕は、今朝、神さまから呼び出されて、『舞の母親が、ホテルを建てようとしている土地には、古くから井戸がある。そして、その近くに、滝のようなものがあるはずだ。』っていわれたんだ。僕は、『井戸は、判りませんが、少なくとも、あの近くに、滝は、なかったと思います。』って答えたんだ。そしたら、『ならば、自分の目で確かめて来なさい。』って。」

「ふ~ん。あの土地に井戸・・・あったかしら?滝は、・・・あっ、あるわ。目立たないけれど、バスターミナルの端っこに。」

「そうなんだ。僕は、昔からのものしか知らなかったんだけど、10年ほど前に作られた人工の滝が確かにあった。そして、古い井戸はホテルの予定地に、無傷でちゃんと残っている。ちょっと見ただけでは、ただの水道管にしか見えないから、すぐには判らなかったんだ。」

「そう。やっぱり、神さまのおっしゃる通りなのね。」

「まったく、その通りなんだ。」

ドレーヌは、ゴクンとつばを呑みこんだ。舞ちゃんは、早く続きを聞きたかったけれど、自分のために息せき切って駆けつけて来て、喉が渇いているに違いないこの相棒に、飲み物を持ってきてあげたいと思った。

ママは、お客様が来ると、すぐにコーヒーかワインを用意するのだけれど、妖精のドレーヌが、いったい何を飲むのか、まったく判らないということに初めて気付いた。

「あなたは、牛乳、飲む?」

「飲む、飲む。僕は、牛乳が大好きなんだ。体にも良いし、いつもたくさん飲むようにしているんだよ。」

「私もよ。今、持ってきてあげるわ。」

舞ちゃんは、いそいそとキッチンへ向かった。冷蔵庫から大きなミルク瓶と、食器棚からママが一番大切にしているペアのワイングラスを取り出した。

―とっても綺麗なグラス。お花の模様が、キラキラ光っているわ。それに、これは、きっと魔法のグラス。夜、片方が壊れていても、次の日の朝には、ちゃ~んと二つ揃っているのを、私はこの目で確かに見たんだもん。だから、一度使って見たかったの。

慎重な足取りが功を奏して、お運び成功。舞ちゃんの机の上に、二つの輝くグラスが並んだ。注がれたのは、いつもの赤いワインではなく、白いミルク。

「乾杯してから飲みましょう。」

「何に乾杯するの?」

「あなたが私を助けに来て下さったこと。」

「判った。じゃあ乾杯!」

二人は、まるで大人がするように軽くグラスを合わせてから、牛乳をごくごく飲み干した。

「あぁ、おいしかった。・・・あれっ、肝心なことはどこまで話したんだっけ?」

「・・・神さまに言われた、井戸と滝を見つけたっていうところ。」

「そうか。じゃあ、ここからが本題。」

ドレーヌは、身を乗り出すようにして、続きを話始めた。

「要は、井戸がポイントらしいんだ。僕が思うに、神さまは滝を目印に使ったんだ。井戸の存在も確認して戻った僕に、神さまは、『舞の母親に、危険が迫っておる。もしも井戸に気づかずこのまま工事を続ければ、命を落とすことになろう。お前は、すぐにこのことを舞に知らせなければならない。』って告げたんだ。・・・それですっ飛んで来たら、舞ちゃんが、わぁわぁ泣いているんだもん。僕は、真っ青になったよ。」

舞ちゃんも、それを聞いて血の気が退いた。ドレーヌの言っていることが、全部当たっていると思ったから。

―ママの憔悴の原因は、ここにあったのだわ。

「判ったわ、ドレーヌ。私が、何をどうすればママを助けられるのかを教えてちょうだい。」

「とにかく、二人で神さまの所へ、行ってみよう!」

「そうね・・・でも、もう夜なのに大丈夫かしら・・・。」

外は、すっかり暗くなっていて、何だか不気味な何者かに狙われているような気がする。

「僕が、付いているから大丈夫さ!」

「本当?」

「きっと・・・たぶん。」

彼の返事は、尻つぼみで少し頼りないけれど、舞ちゃんは決めた。

「こういうのをママは、『行かねばならぬ、今日の相撲』と言うのだわ。」

「お相撲でも、柔道でも良いから早く行こう!」

ドレーヌは、舞ちゃんの手を取って、ご神殿に向かった。